[六]劉濬の初陣


「驃騎将軍閣下、少し来て頂けますか?」
 登艾が錦嚢の中身を読み終わった後そう言って緒燕を連れてどこかへ行ってしまった。
 劉甚は趙雲の部屋から出てしばらく歩いていると太子劉濬とすれちがった。
 劉濬は内心趙雲の死を喜んでいる。
 なぜなら趙雲は北地王派の最重要人物だったからである。
 劉濬はこれで確実に帝位を継げると思っていた。
「猪は皇帝にふさわしくない。」
 劉濬はすれ違う瞬間そう言った。
「何もしない奴よりはましだと思うがな。」
「何だと!」
 劉濬は振り向き様に劉甚に殴りかかった。
 静かな廊下にぱぁんと音が響きわたる。
 劉甚は劉濬の拳を簡単に受けとめていた。
−なんとひ弱な拳だ。
 そのとき劉甚は改めてこんな男に帝位は任せられないと思った。
 そして劉甚は拳を受けとめている手に力を入れながら眼光鋭く言った。
「今に貴様に味方している腐れ儒者どもを黙らせてやる!」
「両殿下、何をしておられます一大事です。早く宮城にいらして下さい。」
 誰かと思えば焦周である。
 彼らが慌てて宮城へ行くと劉禅は全員いるのを確認し、
「魏延が反乱を起こし、上庸を乗っ取ったと言う情報が今入った。緒燕も共にいるらしい。」
 城内がその情報によりざわめきだした。
 魏延、緒燕といえば趙雲亡き後の武官ナンバーワン、ナンバーツーである。
 −彼らに戦で敵う者などいるのか?
「私が…」
 と劉甚が言いかけたとき、
「私が参ります!」
 と劉甚より早く大音声で名乗り出た者があった。
 見ると劉濬である。
−劉甚にできて俺に出来ないことがあるはずがない。 
「よいが、大丈夫なのか?」
 さすがに劉禅も太子だけに心配だった。
「はい、共には諸葛瞻殿と諸葛尚殿、そして諸葛京殿をつけて頂きたい。」
 共の者には武官を指名するわけにはいかなかった。なぜなら武官は全員北地王派だからである。ゆえに文官の中では唯一戦闘経験のある諸葛瞻親子を指名したのである。
「うむ。諸葛瞻・尚・京、劉濬を頼むぞ。」
「…はい、お任せ下さい。」
 諸葛瞻・尚・京は綿竹で共に戦ったから知っていたが、あそこで劉甚が戦わなければ、間違えなく今、蜀漢という国はなかったのである。
 だから彼らは文官なので太子派を装っていたが、隠れ北地王派だったのである。
劉濬は上庸近くまで軍を進めると魏延自身が迎撃に出てきた。
 魏延は部下を左右から劉濬軍の後ろにに回らせ、包囲攻撃をしてきた。
 相手より兵が少ないのだから当たり前の作戦である。
 しかし劉濬は全くそれに対応出来なかった。
「へん、ここはおぼっちゃまの来るところじゃねえんだよ。」
 と怒鳴りつつ、魏延は鬼神の如く暴れ回り、その勢いは劉濬に迫りかけていた。
「ひぃぃぃぃぃぃ」
 魏延を見て劉濬が悲鳴をあげた。
「命がおしけりゃ帰って伝えな、次の丞相になるのは俺だと。」
 と魏延は怒鳴りつけた。
−なるほどこれが反乱の理由か。
 と諸葛瞻は劉濬を守りながらその言葉を聞いて思った。
「殿下、これはもう退却しかありませんぞ!」
 と諸葛瞻が当然のことを劉濬に言った。
「そ、そうか!退けぇー」
 そして劉濬は諸葛瞻親子に守られながら命辛々逃げ戻った。
 こうして劉濬の初陣は散々な結果に終わったのである。


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