[七]魏延の死


 劉濬が敗戦の報告をしているのを見ながら登艾は思った。
 −そもそもこの作戦は失敗だった。まず劉濬本人がひ弱であった事や、太子派内に武官がいないことから劉濬は政で功をあげるしかなかったのだ。しかし彼は政にも関心を持たなかった。さて、次は劉甚殿の出番だ。趙雲殿が言っていた武勇がどれほどのものかとくと見せてもらおう。
「魏延が成都へ進軍中との事です!」
 と報告が入った。
「甚、行ってくれるか?」
 劉甚が名乗り出るまでもなかった。
 この状況は前にも一度あり、そこからこの国を守ったのはこの若武者だったからである。
「もちろんです。伯父上達をお借りします。」
「うむ。」
 再び劉甚は出陣することとなった。
 劉甚を一人の少女が見送りに来ていた。
 崔玲である。
 前回の姜維の時は敵将だったこともあって、敵がどういう人物か知らなかったので敵に劉甚が敗れたのが意外だったが、今回の相手は自国の将軍−しかも五虎将軍に継ぐ地位にある魏延なのだ。
「英衡、今度の相手は文長様なのよ。大丈夫?」
 崔玲は大粒の瞳を潤ませてながら言った。
「私に恐い物など無い。心配は無用だ。」
 そう言いながら劉甚は彼女の頭に手をやり前髪をくしゃりと曲げてやった。
「何だか私より背が高くなってから生意気になったわね…。年下の癖に…。」
 崔玲は劉甚が皇族であることに全く実感を持っていなかった。
 特に誰にも指摘されなかったし、幼少の頃からこの様なつき合いだったからであろう。
「むくれないむくれない。そんなことよりこの戦が終わったら話があるんだ。それじゃあもう行かなければ。」
 そう言って劉甚は目を見開き、無邪気な笑顔を見せた。
 劉甚が崔玲にだけ見せる表情である。
 −何の話しだろう…。
 彼女は劉甚が黒龍に跨って地平線に消えて行くまでずっと見守っていた。
 成都を出るとほとんどたたないうちに魏延軍と衝突した。
 劉甚は関興、張苞を両翼に置いていた。
「うおぉぉぉぉ。」
 劉甚の目は再び開かれた。
 劉甚、関興、張苞は獅子奮迅のはたらきを見せ、さすがの魏延もこれからの蜀漢の期待の星の三人の猛将にはかなわなかった。
 魏延は上庸城へ逃げ込もうとしたが城門は開かなかった。
「開門ー」
 魏延は額に汗をうかべて叫ぶが一向に城門は開かなかった。
「うるさい…のー…。」
 そう言いつつ城門に上がった人物がいた。
 なんと登艾である。
「若憎!なぜそんなところにいるのだ。留守には緒燕殿が残っていたはず!」
「ああ、残っていたさ…。」
 と今度は緒燕が弓を持って現れた。
「この爺、裏切ったのか?貴公は登艾のことを出しゃばりの若憎などと言っておったではないか!」
「出しゃばりの若憎とは御辺の事だ。それに裏切ったのではない。私はもとから殿下の埋覆だったのだ。そして登艾殿が攻めてきたところで私が内応して城門を開けただけのことだ。」
 −えっ?。
 劉甚は思った。
 そんな指示を与えた覚えはない。
「俺は若憎などではないぞ!」
「お前は若憎だよ。俺に較べたらまだまだな!」
「…くそう。何が吉兆だ!」
「…?何の事だ。」
「忘れたとは言わせんぞ。俺が今朝、『額に角が生えた夢を見た。』と言ったら貴公は『それは龍に生える角と同じで、貴公が龍の如く天に昇る兆しです。だから吉兆です。』そう言ったではないか。だから俺は反乱を起こす決意を固めたのだぞ。」
「愚か者め。角という字は分解すると『刀を用いる』となる。つまり刃物を表すのだ。すなわち額に角が生えると言う事は、額を刃物で貫かれる兆し。即ち凶兆だ。」
 と言いつつ緒燕は弓をきりきりと引き絞った。
「さあ、その夢を俺が今、現実のものとしてくれよう!」
 ひょうと緒燕の矢が放たれた。
「ぐっ」
 魏延の眉間に矢が命中した。
 そのまま角すなわち矢を眉間に突き立てたまま魏延はどさっと地面に崩れ落ちた。
[補足説明4]


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