絆の青空.epilogue


 今日も雀の鳴き声と共に自然に目が覚める。
 体には肌に馴染んだ布団の感触があって自分が数時間かけて伝えた温もりの中に包まれている。
 ドンドンという足音と共にもう一度目を開ける。
 足音が部屋の扉の前で止まって扉が勢いよく開いた。
 制服のブラウスの上からエプロンを着たいつもの幼馴染みが立っていた。
 ぷんぷんと擬音のしそうな顔で頬を膨らませ、眉を逆立てている。
「あ、起きてるならとっとと起きてきなさいよ〜!目玉焼きもトーストも冷めちゃうでしょ!」
 そう言いつつ片手に持ったフライ返しを俺に向ける。
 ??
「何でオマエが朝飯作ってんの?」
 美幸は腰に手を当てた。
「今朝早く電話があってね。久留里さん達はここに自分たちの荷物運び込むために今朝早く実家に準備しに帰ったから、私が後のことを頼まれてるのよ」
 何だか、妙に懐かしい気がする。
「あと、今日は帰れそうもないってさ」
 もう少しこの雰囲気を味わっていたいと思って
「あと十分」
 そう言って布団をかぶった。
「起きないとまたキスするわよ」
 部屋を出るとき美幸は悪戯っぽい笑みを扉の隙間から覗かせてそう言った。
 脳裏に甦る昨晩の恐怖。
 俺は反射的に身を起こして制服を着て、階段を下りることにする。
 一昨日までそうしていたように二人で朝食を食べ、二人で家を出る俺達。
 そのとき、美幸は俺に一枚の紙切れを渡した。
「はい、可奈子ちゃんからの伝言」

『今は愛人の座に甘んじておくけど、あたしはまだお兄ちゃんをあきらめた訳じゃないんだからね。
 お兄ちゃんも遠慮しなくていいって言ってくれたし、あたしは黙って身を引くような殊勝な女じゃないんだから。
 こっちにはお姉ちゃんもいるし、何より一つ屋根の下で暮らしてるし、一昨日は一緒に寝て昨日は一緒にお風呂に入ってAももう済ませてるモン。
 帰ってきたら覚悟してね。               可奈子』

 美幸を伺ったが、美幸は笑顔で俺を見つめていた。
「いろいろ私の知らなかった面白いことが書いてあるわね」
 俺は美幸の手を掴んで
「オマエも、今日晩飯作るついでにウチに泊まって同じコトをするか?」
 美幸は俺の手を逆にたぐり寄せて俺の腕に抱きついた。
「そうね、最初から泊まるつもりだったし、帰りに晩御飯の買い物をして一緒に帰りましょう」
 ドコまで本気なのだろうか。
「なあ、オマエ久留里サンほどはないけど、可奈子よりはあるな」
 肘に当たっているものの感触の感想を言うと、
「当たり前じゃない、バカにしてんの?今晩直に見る?」
 美幸がさらに強くふくらみを押し当ててくる。
「まあ、可奈子はもっと育つだろうけど」
 美幸は自分の胸元を覗く。
「あたしだって育つモン」
 俺が手をわきわきさせて
「今晩、いや今すぐにでも俺が大きくしてやるが?」
 美幸が俺の人中を小突いた。
「チョーシにのんないでよ!」
 そんな夫婦漫才をしながら俺達は今日も学校に向かう。
「……ねぇ総悟」
 美幸が甘えた声を出すので振り返る。
「ん?」
 美幸は目を閉じて小さく唇を突き出していた。
「ちゅ−して」
 俺は呆れ返っていた。
「まだしたりないのか?」
「でも何年もしてなかったんだよ?」
「そのぶん昨日の夜あんなに激しくしたくせに…」
「ご、誤解を招くような言い方はやめてよ!」
「これからはいつでも出来るんだからさ」
「だって…いつ出来なくなるか解らないんだよ?」
「じゃあ一回につき一揉み」
「コレじゃダメ?」
 美幸は俺の腕により強く胸を押し当てた。
「手でじっくり感触を味あわないと…」
 俺の手を払いのけた美幸は
「さわり魔!」
「…キス魔」
「おっぱい星人!!」
「俺がもしそうなら久留里さんと付き合っていると思うが」
「久留里さんがアンタみたいなの相手にするわけないでしょ」
「文月が葉月センセを選んだのは久留里さんの眼中には俺しか居なかったからだってさ」
「うそ?!」
「患者としてにきまってんだろ?なに真にうけてんだよ」
「総悟にはあたしがついてるのに…」
「治療対象としてより研究対象としてじゃないのか?」
「そんな実験台で総悟はいいの?」
「久留里さんのことだから悪いようにはしないだろ。俺の存在が精神医学界の発展に繋がるならそれもいいさ」
 俺にも役得はあるし…。
 俺が万一久留里さんを選んだとしても、彼女がどれだけ本気で俺の気持ちに応えてくれたかは解らない。
 もしあのとき可奈子を選んだとしても、俺がどれだけ本気で彼女の気持ちに彼女の気持ちに応えられたかは解らない。
 やっぱり俺の一番は美幸だし、いろんな意味でこれが大正解だったはずなんだ。
 んむ?!
 俺の顔が陰に隠れたと思うとあっという間に俺の唇が塞がれていた。
「っぱ、おいっ!」
 慌てて顔を放すと、美幸が小さく俺を睨み付けている。
「すきあり、今やらしいこと考えてたでしょ。鼻の下伸ばしちゃってさ」
 うっ
「あたしのことだけ見てくんなきゃ嫌だからね」
 感極まって思わず美幸のことを抱きしめてしまった。
「……総悟?」
 美幸が抱き返しながら照れた声で言う。
「よくもさっきは無料で唇を奪ってくれたな」
 俺は小さく笑った。
「へ?」
 美幸の気の抜けた声。
「今その代価を体で払わせてやる」
 俺は抱き合った体勢のまま美幸の胸元に手を入れる。
「あ、あんっ、どこに手を入れてるのよ!ちょっ、やめなさいっ、いや、変態!」
 俺は美幸の口に手を当てるが……
「ばかっでかい声出すなっ、いで!」
 噛みつかれた。
 俺はあまりに痛みに手を押さえて無様にしゃがみ込む。
 一方、美幸は俺を見下しながら乱れた息と制服を整えて
「変なトコさわった報いよ。しばらくそうしてなサイ」
 そう言ってすたすたと先に行ってしまった。
 ……先にキスしたくせに。
 俺は一息ついてから立ち上がる。
 急がなければ。
 なぜなら、美幸が本当に先に行ってしまうはずがないのだから。
 すぐそこの角の先で俺を待っているに違いない。
 俺は駆けだした。
 そこに美幸がきっと待っているから。
「こら、総悟、遅いよ。遅刻しちゃうでしょ!」
 ほらな。
こうしてまたいつもの日常が始まる。
 今日もそんな俺達の前に広がる空の青はどこまでも続いていた。

Fin


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