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もう日が完全に落ちようとしている。
しかし、長江につけた船は未だ出航していなかった。
「族父、もう結構です。」
陸紅霞はすました目を閉じていった。
「いや、もう少し待っても良いのではないか。」
陸抗の説得も限界に達しようとしたその時、地平線に砂塵が起こった。
人馬共に疲労困憊の羊秀、その人である。
彼は肩で息をしながら下馬した。
馬も羊秀を降ろすと役目を終えたかの様に泡を吹いて倒れた。
「何を…言いに来たのですか?」
陸紅霞は待っておいてこの台詞である。
「昨日の問いの答えがようやく見つかったよ。」
羊秀はじっと陸紅霞を見た。陸紅霞も夕陽から目を離し、羊秀を見つめた。
沈黙の間に陽は西に沈み、東からは月が昇ろうとしていた。
「君と出会い・・・私は君を守るために今まで生きてきたんだ」
陸紅霞はそのときはさらにうつむき、小さくだがはじめて笑顔を見せた。
「キザね」
「えっ」
その時彼女は船上から彼の胸の中へと飛び移っていた。
疲労があるとはいえ、軽量の彼女を受け止めるぐらいの力は羊秀には残っている。
「出せ」
陸抗はそっと…しかしハッキリと命令した。
「しかし琳鳴様は…」
「野暮なことは言うな」
「はっ」
−あとのことは任せたぞ雅舒君。
遠ざかる船を見送りながら羊秀は呟いた。
「あの…琳鳴殿」
陸紅霞は強く羊秀を抱きしめた。
「莫迦…」
「すみません…」
辺りは沈みゆく太陽により赤赤と染められ、彼女の名の如く紅霞であった。
「ようやく…ようやく笑ってくれたね。」
夕陽に照らし出された陸紅霞の笑顔が眩しかった。
この後の記録は史書にはない。
ただ、陸抗が江陵に帰った四年後、呉の西陵太守歩闡が晋に降るという事件が起こり、その一連の戦闘の後、呉主孫皓は晋との本格的な開戦を決意する。しかし慎重論を唱え続けた陸抗に孫皓は敵との内通の疑いをかけ、陸抗の兵権を剥いだ。そして陸抗の死後、羊古は呉を攻めるよう何度も上奏するが、司馬炎が迷っているうちに羊古も没し、王濬・杜預らの活躍による晋の天下統一はその後のことである。羊秀は羊古没後上京し、司馬炎のそばに仕えたが、そのとき陸紅霞が羊秀と共にあったかは、後世の者の想像に委ねられたのである。
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