[三]泰始の変(壱)
鳥の声が聞こえる…。
昨晩、寝衣に着替えた憶えはないというのに寝衣に着替えさせられていた。
−侍女が勝手にやったのか…。
劉恂は大きなあくびを一つすると、どぉんと音をたてて床に足をおいた。
するとすぐさま隣室から
「おぎゃあおぎゃあおぎゃあ…。」
−夢ではないな…。
「私がお預かりいたします。」
劉恂は確かにそう言った。
話は「張皇后が子を生んだということは誰かと密通したに違いない。」というところまで進んでいた。
「しかし…。」
緒燕は戸惑った。
自分が預かるつもりだったようだ。
劉恂は俯いた。
−まさか…。
そこに集まっていたうち数人は何かを察したようだった。
劉恂は、崔玲と結婚できなかった悔しさを、母が慰める余り、母をも犯してしまったのである。
関興が代表して言う。
「誰か異論のある方はおられますか。」
群臣は沈黙した。
「くれぐれもこのことは陛下の耳にいれることのないよう…。」
こうして彼はこの赤ん坊を預かることになったのである。
−あれは姐上に失恋し、ただ温もりを求めたときの過ちであった。
頭を抱え込む劉恂…。
登っていく朝日とは裏腹に彼の心は沈み、その陽光を遮る深い霧が劉恂の心を占めていた。
この後劉恂は書室に篭もり兵書の中で研究に没頭して、ほとんど外に顔を出さなくなる。
また、誕生を望まれなかった赤ん坊…後に光(友衡)と名付けられるその子は、劉恂の弟としてではなく、養子として後世に名を残すこととなるのである。
登艾は丞相府に戻って、異様な空気を感じていた。
−何か起こったのだろうか…。
幼い顔をした男が丞相府の一室に駆け込んできた。
「鴦…分かったか?」
「はい。残っていた宗預の話によりますと、昨日太子殿下の婚儀があり、その夜皇后陛下がお亡くなりになったとのことです。」
「ふむ…」
彼らは今朝涼州から戻ったばかりで現在の状況を把握する必要があった。
登艾は髭をしごき始めた。
「して…遺言は?」
「それが誰もが口を固くし、話そうとしないのです。」
−新参者に教えることなどないということか…。
「宗預は…何と?」
「『張一族に不穏な動きがみられる』…とのことです。」
「ふむ…何か…あるな。」
[補足説明6]
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