絆の青空.��
「全く……ただでさえ噂がクラスから学年全体に広まろうとしてるのに何でそんな噂を助長するようなコトするわけ?」
帰り道、やっぱり俺は美幸の説教を受けていた。
「美幸は俺と噂になるの嫌なのか?」
美幸はきっと俺を睨み返してくる。
「総悟は私と噂になりたいの?」
俺がおどけた口調で答えた。
「もっちろん!俺って美幸にラブラブぞっこんだし〜」
美幸は立ち止まり赤くなって口をしばらくパクパクさせていたが、
「バカ〜〜〜!」
ようやくその言葉を絞り出した。
たぶんまた葉月先生に相談して何か吹き込まれてたんだろうけど、見事に策敗れたらしい。
「いっつもそうやってはぐらかして!本気なのかどうかわかんないじゃない。バカ総悟、もう知らない!バカ!」
え?!なんか最後の方が涙声になってなかったか?
「み、美幸!」
走り去ろうとした美幸の手を掴むと、美幸が俺の手を払いよけようとする。
俯いていて前髪で目は隠れてるが、頬から涙が流れていた。
そこで俺は手を掴みなおして美幸の手を引いて強引に抱き寄せる。
「あっ」
驚いた声を上げて抱きすくめられた後も美幸は俺の背中をしばらく叩いていた。
「悪かったって、な?泣くなよ……」
彼女の頭をなでながらあやす。俺の記憶の片隅に残る、彼女がかつて俺にしてくれたこと思い起こしながらそうした。
ようやく収り始めた美幸の目から親指で涙を拭って、
−俺が美幸のことが好きなのは本当だぞ。
「ホントに?」
−ああ。
ただそう言った。
俺の方はとても大きな声では言えなかったので、耳元で囁いた。
二人は俯いたまま歩き出して、家の前でいつものように分かれた。
ふぅ
さあ、今晩は美幸は何を作ってくれるのかな〜とか思って鍵穴に鍵を刺すと鍵が回転しない。
−あれ?閉め忘れたかな。
そう思ってドアを開けると、赤いリボンのツインテールの少女がドタドタと足音を立てて走り出てくる。
「あ、お兄ちゃんお帰りなさ〜い」
そう言って笑顔で俺を出迎えた。
見るといつも美幸がしているエプロンを付けている。
妙な既視感があった。
まるで、瞳が生きていた頃のような。
まさか……いや……。
「可奈か?!」
ようやく出した結論がそれだった。
「わ〜い、お兄ちゃんが可奈のこと覚えてくれてた〜」
そう言って大喜びで俺に抱きついてきた。
そもそも、俺をお兄ちゃんと呼ぶ人間は事故で死んだ妹の瞳と、この従妹の可奈子しか居ない。
「もう、可奈ちゃん、総悟君が困ってるじゃない」
奥から白衣の女性がゆっくりと出てきた。何カ月ぶりになるだろうか。俺の従姉に当たる人である。
バレッタで後ろ髪を留めた薄化粧の女性。切れ長の目に筋の通った鼻立ち、薄い唇。サッパリした感じの小綺麗な印象だった。
「総悟君、久しぶりね」
俺は以前よりずっと綺麗になった従姉のお姉さんの微笑みに少し緊張してしまう。
「お久しぶりです。くーねぇ…久留里さん」
声がうわずった上に何故か敬語になってしまった。
「昔みたいに『くーねぇちゃん』でいいのに」
フフっと久留里さんは小さく笑った。仕草もオトナそのものだ。
「それはさすがに…」
そっちこそ昔はこっちのことを呼び捨てだったこともあったくせに。どちらも俺が病気になる前のことだが。
「さ、入って?って言うのも変か。君の家だもんね」
二人でいつもの診察場所であるダイニングに向かう。
「久しぶりに診察に来たんだけど、誰もいないから預かってる合い鍵でお邪魔させてもらったわ」
ダイニングの机に向かい合って腰を掛けた。
「元気そうね。最近はどう?」
久留里さんが眼鏡をかけた。笑顔のままだがさりげなくカウンセリングモードに移行している。
「つつがなくやっております」
久留里さんは顎に手をやった。
「学校や家で変わったことはなかった?」
じっとこちらを観察する久留里さん。知性を讃えた双眸がこちらの一挙一動を伺っている。
「朝は美幸が起こしてくれるし、食事は美幸が作ってくれてるし、洗濯も美幸がしてくれる。学校の成績もぼちぼちかな。平均点以上はとってるし…」
カウンセリングと言うのは特に考えなくてもこっちが日常のことを勝手に喋っているだけでその仕草や思考などで勝手にこっちの精神状態を測ってくれる。
それが出来るのがカウンセラーの心のプロフェッショナルたる由縁なのだ。
「美幸ちゃんとの仲は進んだ?」
彼女はにこりと微笑む。
「相変わらず夫婦漫才してますよ。」
そんなやりとりが続いた後、
「…随分良くなったわね。」
眼鏡を外し、カウセンセリングモード解除した久留里さんが出した結論がそれだった。
「そう?」
話すうちに俺も緊張が解け、口調もだいぶくだけてきていた。
「ええ。口調も思考も落ち着いているし、目の輝きも良くなっているわ」
なにやら久留里さんが書類に文字を書き込んでいる。読めないけど、ドイツ語のようだ。俺のカルテだろうか。
「カウンセラーが良いんじゃないの?」
へらっと笑って俺が言うと、久留里さんはじっとこちらを見た。
「いいえ、今だから正直に言うけど、あの時私はお手上げだったの。『出ていけ!』と言って突き飛ばされたとき、自分の力不足を嘆いたものだわ」
彼女の表情は真剣だった。
「あの時の話は勘弁してよ」
あの時のことを言われると自分でも苦笑するしかない。今となっては自分でもよく憶えていないが。
「…美幸ちゃんに感謝しなさい。あなたがこうして普通に話していられるのは全部彼女のおかげなんだから」
そんなことは痛いほど解っていた。でも、面と向かってそんなこと言えるはずもない。
「さっきあなたを見たときには驚いたものよ。しばらく診療もなにもしていなかった患者が前よりずっと快方に向かっている。
玄人裸足とはこのことね。ちょっと嫉妬しちゃったわ。」
少し思わせぶりな流し目で俺を見る。こちらが意識してしまっていることなど完全にお見通しだろう。そうでなくても向こうは心のプロフェッショナルなのだ。
「さあて、御飯にしましょうか。」
俺ははっと思い出した。
「そうだ、美幸に電話しなきゃ!」
美幸に晩御飯がいらない旨を伝えなければならない。
「ああ、私にも挨拶させて頂戴、これから総悟君の身を預かる人間として」
指は押し慣れた隣人の電話番号を押し終わっていたが、呼び出し音が鳴り出す前に俺は受話器を置いた。
「もう一度言ってくれる?」
振り向いた俺に久留里さんは笑顔で復唱した。
「今日からここに一緒に住んで私たち姉妹が総悟君のお世話をすることになったの。上に頼み込んでやっとこの近くのセンターに異動してもらえることになってね。患者の引継とか辞令とかでようやく今日ココにこれるようになったの」
………
「事前連絡が全くなかったんですけど」
しばらく間をおいた後、久留里さんは
「驚かせようと思って♪」
そう言ってぺろっと舌を出した。
ああ、忘れてたんだなあ……。
まあ、可愛いからいいや。
「ごめん、そういうわけでちょっとこれからは勝手が変わると思う。うん、詳しいことはまた明日学校で話すから、うん、ごめん、じゃ、オヤスミ」
受話器を置く。
ふぅ
やっと美幸への説明が終わった。
美幸は久留里さんがカウンセリングに来たときに何回か会っており、どこかの折りで久留里さんが俺の初恋の人だと話したこともあったから、かなり剣呑な口調だったな。
明日学校でこってり絞られるんだろう。
長い停滞期間を経て、ようやく美幸との仲が進展したと思ったら何で急にこんなコトになるんだよ。
コンコン
「ハ、ハイ」
扉がノックされ、慌てて返事をする。
「おじゃましまーす」
と、ピンクのパジャマを着た可奈子が入ってきた。
「お風呂上がったんだ。早かったね」
実は、従姉妹の水無月姉妹が俺の後に二人でお風呂に入って、風呂場から聞こえる声に悶々としてしまい、自分の部屋に戻ってコレ幸いと美幸に電話をしていたのだ。
「お姉ちゃ〜んこっちだよ〜」
そこに、同じ柄のパジャマを着た久留里さんが二人分の布団を抱えて入ってくる。
「え、ちょっと、そんなもの持ってきてどうすんです?」
俺がドモって言うと
「三人が家族になった記念として今日は三人で寝ようと思って♪」
久留里さんがヒーリングスマイルでそう言った。
「家族……」
久しぶりに聞いた言葉だった。
「そ、か・ぞ・く(はぁと)」
その言葉をしばらく噛み締めていたが、根本的な問題点に俺はようやく気付いた。
「さ、三人で寝るんですか?」
またもやドモる俺。
「そ、お兄ちゃんは真ん中だよっ」
布団は俺が居る布団の脇に着々と敷かれていく。
「何かまずいことでもあるの?総悟君があたし達をどうこうしようと思ってるとか?」
え〜と……
「ハ〜イ、あたしはお兄ちゃんなら全然おっけーデ〜ス」
可奈子が布団に入り、
「さ、問題がないなら早く寝ましょっ。私は明日も仕事が有るんだから。総悟君も学校でしょ」
久留里さんも布団に入って
「いや、そう言う事じゃなくて」
言いかけた俺の手を久留里さんが悩ましげな声で「は・や・くぅ〜」と言いつつ引っ張る。
可奈子が俺の首にしがみついて強引に俺を寝かせ、久留里さんが微妙な含み笑いで俺を見下ろしたあと電気を消した。
その夜……
「お兄ちゃぁん……」
そう小さく呟いて、可奈子が俺の右腕を強く抱きしめるように寄り添ってくる。
可奈子の胸は、すでに心地よい柔らかさを持っていた。
「総悟くぅん……」
そう呟いて久留里さんも競うように左腕を強く抱きしめ、寄り添ってくる。
久留里さんの胸は言うまでもなく大人のそれ……大人としても大きい部類のそれらしく、俺の腕を押し返す弾力は俺にこれまで味わったことのないほどの極上の快感を与えた。
俺は両側から水無月姉妹に抱きすくめられ、仰向けになって顔も上を向き、ひたすらじっとして為されるがままになっている。
「お兄ちゃぁん……」
俺の表情を暗がりでも悟ったのだろう、可奈子がふくれたような声を出し、今度は俺の腕をよじ登ってくるように体をずらしだした。
そして、俺の右頬が小さな湿り気を帯びる。
可奈子の大胆の行動に、久留里さんはくすりと笑った。
気のせいか、「まだまだね」とか小さく呟いた声が聞こえたような気もする。
「総悟くぅん……」
やたらとなまめかしい声でそう言ったかと思うと俺は両頬を手で押さえ込まれ、顔を強引に左に向けられた。
先ほどの閉じた小さな唇が一瞬押し当てられるのではなく、正面から自分の唇が食べられると錯覚するように唇が当てられ、なおかつ舌が進入してくる。
これが大人のキス……。
俺の口内が蹂躙される一方、可奈子は俺の肩やら胸やらをどんどん叩いて猛抗議。
どうしろっていうんだよ……。
俺は遠のく意識の中、何でこんなことになったのかとぼんやりと考えていた。
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