絆の青空.��
雀の鳴き声と共に自然に目が覚める。
目を覚ました要因は昨日と同じだったが、昨日と同じなのはここだけだった。
見上げた天井は確かに見慣れた自室のものだったが、右腕を包み込む温かく、柔らかい感触がある。
瞬きをして、そちらを見ると幼さの残る少女の顔があった。
瞳?
はっと体を起こして少女の両肩を持ってまじまじと顔を確認する。
「あ……お兄ちゃん…おはよう〜」
片目を擦りながらも笑顔でそう言った少女は、よくみると死んだ妹の瞳ではなく、やはり従妹の可奈子だった。
しかし、瞳と可奈子は同じ年だったから瞳が生きていたら彼女と同じ年だったはずだ。
生前も俺を取り合う二人はよく似ていたから瞳が生きていたらこんな感じだったのだろう。
取り合うで思い出したが、昨夜の酒池肉林はどこからが夢だったのだろうか。
まさか全部現実?
考えをとぎらせてふと左手の可奈子の肩を触る感触が妙だと思ってよく見たら、俺の左手は彼女の肌を直接触っている。
つまり彼女のパジャマの左肩がはだけているのであった。
視線を辿ると、彼女の胸元の未発達ながら有望な可能性を秘めた胸の谷間が覗いている。
昨夜の出来事がフラッシュバックする。
慌てて手を離し、
「か、か、可奈子、ム、ムネ!」
可奈子は欠伸を打ち切って自分の格好を見た。
「きゃっ!」
慌てて掛け布団で自分を鼻の上まで隠す。
「もう、お兄ちゃんのエッチ〜」
顔を出して彼女は頬を染めながら拗ねた顔をして抗議の視線を俺に向ける。
「あ、でもお兄ちゃんならいいや。一緒に着替えて私の成長を確認する?」
早くも普段の調子を取り戻したのか、可奈子は意地悪な笑顔を作ってそう言った。
「オ、俺先に飯食ってくるから!」
慌てて立ち上がって部屋を走り出たが、冷静に考えてみると久留里さんならともかく、俺が「そうしよう」と言ったところで可奈子が本当にそうするわけがないじゃないか。
まったく久留里さんも可奈子に何を教えたんだか。
久留里さんはもう起きたみたいだけど、久留里さんもあんな風にあられもない格好で寝乱れてたのかなあ。
などと妄想しながら階段を下りきり、ダイニングに駆け込む。
「わっ」「きゃ」
いてて……。
入り口で誰かとぶつかってぶつかった相手ごと倒れた。
柔らかいものにぶつかってその二つの柔らかいものの間に顔が挟まったままだったので両手でその二つのものの隙間を空けて顔を引き抜く。
「ぷはっ」
ぶつかった相手は誰かと思って見下ろすと
「もう、総悟君ったら朝から大胆ねぇ(はぁと)」
とエプロン姿の久留里さんが妖しい笑顔で俺を見上げながら艶のある声で囁く。
視線を自分の手にやると俺の手は久留里さんの両胸を鷲掴みにしていた。
しばらく脳がフリーズし、目が点になっていたが、指で感触を確認したあと俺はようやく事態を理解する。
「わぁ!」
結局さっき可奈子にしたのと同じように慌てて手を離して久留里さんの上からどいたのだった。
俺の頭の中ではまた、昨夜の出来事がフラッシュバックしていた。
久留里さんは起きあがってエプロンを正しながら微笑をたやさず
「おはよう総悟君。丁度起こしに行こうと思ってたのよ。朝食が出来たからね。美幸ちゃんも待ってくれてるし」
ぎょっとしてテーブルを見ると美幸が迫力のある笑顔で
「朝からお盛んねえ総悟クン」
え〜と、テーブルに置かれた手が小刻みに震えてるのは気のせいでしょうか。
「可奈子はもう起きてた?」
そんなことには気付かないのか久留里さんはマイペースだ。
「ハイ、まだ俺の部屋にいると思いますけど。えと、制服はどこにあります?」
一方、俺は動揺しっぱなしである。
「椅子の上にあるわ」
俺は制服を慌てて掴み取った。
「ちょっと、なんで可奈子ちゃんが総悟の部屋にいるのよ?」
とうとう机を叩いて声を荒げる美幸。
「じゃ、着替えてきます」
俺は美幸の声を無視してダイニングをあとにした。
−昨日はね、総悟君の部屋で三人川の字になって寝たのよ」
−た、楽しそうですね〜」
−今度は美幸ちゃんも一緒に寝る?
−え、遠慮します
可奈子がまだ部屋にいるかも知れないので脱衣所で着替えていたらダイニングからそんな会話が漏れてくる。
ああ……もう誤解を解くのは不可能なのだろうか。
久留里さんが天然なのか悪意があるのかは微妙なところだ。
俺は最短時間で着替えを完了し、シャツの裾をしっかり入れる余裕もなくダイニングに駆け込んで、紅茶を飲んでトーストを頬張った。
「行って来ます」
そう言って美幸の手を取る。
「まだ可奈ちゃんが…」
そう言いかけた久留里さんに
「今日、日直なんで急ぐんです」
そう嘘を言って美幸を連れて早急に家を出た。
「放して!」
家を出てしばらく駆けたところで、掴んだ手を美幸が強引に振りほどいた。
立ち止まって振り返ると、俯いた美幸がそこに佇んでいる。
「美幸……」
近寄ろうとする俺。
「ずいぶん……幸せそうじゃない」
美幸はようやく言葉を絞り出した。
「私はもう必要なさそうね……明日からは一人で学校に行くから。私が朝起こす必要も朝食を作る必要ももうないみたいだし」
黙って近づいて美幸の肩に手を置く。
「もう総悟には私なんて必要ないんでしょ!」
そう言って美幸は顔を上げ、涙を溜めた目で俺を睨み付けた。
「美幸……本気でそう思ってるのか?」
俺がどんな顔をしているのか、自分で自分を見る事は出来ないからわからない。
けれど、俺の顔を見て美幸の表情は平穏を取り戻していった。
「美幸、さっきので昨日の帰り道に行ったことがもう霞んで聞こえるんだったら、俺は一生毎日でも同じことを言い続けるぞ」
美幸はそっと俺を抱きしめる。
「ごめん、悪かったよ総悟。ごめんね」
美幸はそう言ってぺろっと舌を出した。
体を放してお互いを見たあと、ちょっと照れくさそうに笑う俺達。
美幸は涙を拭いていた。
まったく、俺は美幸を泣かせてばかりだな……。
「あ、慌てて出てくるから全然ちゃんと制服着れてないじゃない。もぅ、裾ぐらいしっかり入れなさいよ〜」
早くもいつもの調子を取り戻したのか、美幸はそう言って俺の肩を持って自分の方へむき直させた。
俺が裾を入れている間に美幸は俺のネクタイを正している。
「ようし、おまえのネクタイも正してやろう」
手をわきわきさせながらお約束のオヤジギャグをとばす。
………
ツッコミ待ちなんですが、美幸の胸手前で止まった指運動が妙に虚しい。
胸から視線を美幸の顔に上げると、
「な、直すんなら早く直しなさいよ」
頬を赤らめ、視線を逸らしてそんなことを言っている。
彼女の意図のどこにあるかはともかく、さしあたって触っても問題ないと言うことだろうか?
ま、まあ今日は朝っぱらから水無月姉妹の成長ぶりを確認させていただきましたし、まあその辺に美幸の行動の原因があるような気もいたしますが、まあとりあえず彼女の成長ぶりも確かめさせていただくことにしませうか。
……
美幸はけなげにも胸を反らした格好のまま、目を反らしているようでちらちらと時折こちらの様子をうかがっている。
スカート捲りでもそうなんだが、不意打ちでの悪戯だからこそ勢いでやってしまえるわけで、さあやれと正面から構えられるとかえって緊張してしまう。
にぎにぎ運動をやめた指は薄く汗を帯び始め、それでも一センチのところで胸への接近を止めていた。
別に触るのは初めてじゃないだろ、さっさと済ませろ如月総悟!
普通にネクタイを正すだけでいーろーが!
「お兄ちゃーん!」
そのとき、道の向こうからこっち濡向かって手を振る影が近づいてきた。
とっさに手を後ろにやってそちらを向く。
朝日が逆行でよく見えないが、師走学園中等部指定の緑のスカート、黄色いリボンのセーラー服を着た髪をツインテールに結んだ少女だ。
「可奈子?!」
手を振りながら可奈子は俺達の前まで駆けてきて、立ち止ま膝に手をついた。
「お兄ちゃんったら、一緒に学校に、連れていって、もらおうと、思ったのに、先に御飯食べて、先に行っちゃうんだもん」
肩で息をする可奈子がある程度息を整えたようなので、ウチの制服を着ている訳を尋ねることにする。
「一緒にって、可奈子……ウチの学校に編入したのか?」
体を起こした可奈子は、額の汗を拭い改めて言った。
「うん、今日から師走学園中等部に編入しました、一年A組の水無月可奈子です。よろしくねお兄ちゃんっ」
そう言って俺に抱きついてくる可奈子。
そしてやはりそれを斜め向かいから凄いオーラをまとった笑顔で見つめる美幸。
つまり全て元の木阿弥になったのであった。
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