絆の青空.��
ガララ
保健室の引き戸が開かれる。
我がクラスの授業のために校医の葉月先生は出払っているが、誰かが来てベッドを使ったり勝手に傷を消毒したり出来るように保健室は開放されていた。
美幸は既に掛け布団が捲られている保健室の医療用ベッドに俺を寝かし、掛け布団を掛けようとする。
「美幸〜」
布団を掛けようとする美幸の手を取って布団の中に引きずり込もうとする俺。
「はいはい、甘えないの。添い寝はダメだけど、葉月先生が来るまでここにいてあげるから」
美幸は俺の手を払いのけて、校医用の椅子をベッドの隣に持ってきてそれに腰かけた。
「それで、総悟君はどうして授業中にお腹が痛くなったのかな〜?」
俺が手を伸ばすと美幸はその手に両手を添えてくれた。
俺は人恋しくなると近しい人に触れたくなる。
家族を失った俺にとって最も恐怖するものこそが孤独だったから。
「もう怒ってないから、話しなさい」
美幸は目を細めて俺を見つめる。
今まで何度美幸のこの笑顔に癒されてきたかわからない。
しかし俺は口をつぐんだままだった。
「なぁに、あたしには言いにくい?別になに言っても怒らないよ。約束する」
美幸……。
「ね、言ってごらん?」
俺は何を懸念してたんだろうか。
そう思って口を開きかけたのと、チャイムが鳴り始めたのと、保健室に葉月先生が入ってきたのがほぼ同時だった。
俺を診るために早めに授業を切り上げたのだろう。
「あ、おまたせ〜。で、具合はどう?」
美幸が立ち退いて、間に葉月先生が入ってくる。
「あ、だいぶ楽になりました」
俺が体を起こすと
「お腹が痛かったの?とりあえず上着を脱……がなくても解るわね。一体どれだけお昼を食べたのよ」
そんなに目に見えて俺の腹は張っていたのだろうか。
それとも、医療に携わる者ゆえに見破ることが出来たのか。
「え…と、美幸の作った弁当をいつも通り食べただけですけど」
「ホントに?」
間髪入れずに葉月先生は俺の目を見て言った。
うう…しかも後ろからは美幸まで…とても嘘を突き通せる自信がない。
アウェイでは圧倒的に不利だ。
「失礼します。お兄ちゃ……如月先輩はいらっしゃいますか」
保健室のドアが開かれ、幸いその気まずい間が破られた。
俺の存在をベッドに確認するや可奈子が駆け込んでくる。
「あ、お兄ちゃん。保健室に運ばれたって聞いて心配してきたんだよ。大丈夫?」
いや、可奈子の登場は幸いではないかも知れない……。
「可奈子が作ったお弁当のせいだね。ごめんね、慣れてないのにお弁当なんか作って」
可奈子は今にも泣き出さんばかりの顔で俺に抱きついてくる。
「大丈夫、可奈子のせいじゃないから」
可奈子の頭をなでてやる。
「ホントに?」
可奈子の目に溜まった涙を親指で拭ってやりながら
「ああ、ちょっと寝不足で倒れただけだから、心配するなって、な?」
少し安堵の笑みを漏らしたが、
「でも、無理しちゃダメだよ?今日、おうちに帰ったら早めに寝てね?」
可奈子は自分の顔の前で人差し指を立てた。
「うん、解った」
可奈子は時計を診て
「それじゃ、もう六時間目が始まっちゃうから」
体を起こした。
「あ、可奈子ちゃん?」
退室しようとした可奈子を葉月先生が呼び止める。
「あ、葉月さ…先生、お久しぶりです」
可奈子と葉月先生はどうやら久留里さん関係(?)で面識があったようだ。
「クルちゃんから何か聞いてない?今晩会う約束をして居るんだけど」
可奈子は少し首を傾げた後、
「えっ…と、お姉ちゃんからは何も聞いてませんけど。お姉ちゃんそそっかしいから忘れてるのかも。あ、それじゃ失礼します」
ペコリと頭を下げて出ていった。
「そうか…。可奈子ちゃんも知らないとなると水無月サンに直接連絡を取るしかないな」
声の方角を見るといつ現れたのか室内に文月に姿があった。
「そうね…でも、今晩の会合を一番楽しみにしているのは間違いなくトオル君ね」
そしてさも当然のようにその文月と会話する葉月先生。
「そりゃもう」
しばらく俺は口をパクパクさせていたが、
「いつのまに、そして何でここに文月先生が?」
思考に耽っていた文月は思い出したようにこちらを向いて
「ん?可奈子ちゃんと同時に入ってきただろう。そして受け持ちの生徒の見舞いに担任が現れることに何かおかしい点があるか?それに二つ弁当を食べた君が腹を壊したら保健室に見舞いに来ると私はあらかじめ予告しておいたはずだが」
一息に反論の余地もない理屈を並べ立てる文月。
結局何もかもコイツの計算通りか。
「総悟…」
そして可奈子の登場に続いて文月がご丁寧に状況説明までかましてくれたもんだから、事情が葉月先生と美幸に完全にばれてしまった。
「そうね、明日からはお弁当を作ってもらうのはどちらか一人にしなさい」
そう言って、葉月先生が席を立った。
「葉月先生、今晩のことでちょっと……」
文月先生が葉月先生を手招きしていたのだ。
「それじゃあ、もう少し休んでいても良いけど、出来れば途中からでもいいから六時間目に参加しなさい」
葉月先生は退室間際にそう言って文月は上手くやれよと目で言って親指を立てて扉を閉めた。
部屋には美幸と俺の二人っきり。
この状況を生かすも殺すも俺次第というわけだ。
「バカ……」
先に口を開いたのは美幸だった。
「可奈子ちゃんからもお弁当をもらったのなら言えばいいのに……」
俺は怖々と美幸の顔を見上げた。
「でも……二つとも食べるなんて、総悟らしいよ」
美幸は笑っていた。
「誰にでも優しいんだね、総悟は」
さっきと同じように俺を包み込むような温かな笑顔で。
「ただ、八方美人なだけだよ」
俺もありったけの笑顔で応える。
「ううん、そんな総悟だから、あたしは……」
ベッドに座ったままの俺に覆い被さるように美幸は身を乗り出してきて顔を近づけ、自然に目を閉じた。
美幸……。
そんな美幸に想いに応えるために、俺も美幸に顔を近づけていく……
お互いの息づかいが聞こえるぐらい顔が近づき、
「失礼しま〜す」
可奈子の再来により、夢のような時間は打ち切られたのだった。
可奈子曰く、「六時間目の先生が担任の先生で、先生に早く帰る事情が出来たから終礼だけ終わらせて早く終わった」ということらしい。
慌てて体を放した俺と美幸はお互いの顔を見て苦笑する。
ま、これも俺達らしいか……。
「お兄ちゃんもう大丈夫?どこも痛くない?」
ハッスルした可奈子のそんな質問に答えているうちに葉月先生が帰ってきた。
「あら、あなた達まだいたの?もう六時間目、終わったわよ。戸締まりするから早くでなさい」
そう言われて俺達は保健室を追われることになる。
葉月先生と一緒に声楽部の三人娘も来ており
「美幸〜さっきはゴメンね〜」
そう言って、美幸に謝罪を繰り返した。
一通り謝罪を終えるとか三人のは別の興味対象を見つけた。
「あ、昼休みに教室に来た子よ!」
「可愛い〜」
「ねえ、名前はなんて言うの?」
そのまま三人娘に見つかった可奈子を質問責めにしながら葉月先生を含む女集団と共に教室に向かった。
教室では文月や長月達がまだ教室で喋っていた。
「おう如月!オマエの噂をしてたとこだよ!」
そう俺に話しかけた長月に
「長月く〜ん、早く帰ろう〜」
そう言って弥生が長月の腕をとった。
「おう、じゃあ保健室で何があったか明日詳しく聞かせろよ如月!」
そう言って長月は退場した。
「神無月く〜ん」
「霜月く〜ん」
同じように卯月が神無月、皐月が霜月の腕をとって廊下に出ていった。
「葉月先生、我々も帰りましょうか」
「ええ」
そう言って葉月先生までもが文月と肩を組んで出ていってしまった。
意外な事実を突きつけられた俺は
「あいつらって、付き合ってたの?」
美幸にそうふると、
「さあ……知らない」
美幸も知らないと言うことは打ち合わせて俺達に気を使ったのだろう。
むしろそうあってくれ。
可奈子は目の前の四組のカップル(?)をただ羨望の目で見ていた。
帰り道も、行き道と同じく、ハッスルした可奈子の独り舞台だったが、もう美幸は俺を睨んだりせず、温かく見守っていた。
可奈子は明日のお弁当も張り切る、そして好きなおかずがあったら言って欲しい旨を告げていた。
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