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 そこには一人の女性が膝を正して座っている。
 まず目を引いたのは高く結い上げられた漆黒の髪。
 そして遅れて彼女の顔に目がいく。
 整った顔立ち・・・そして印象に残るのは儚く潤んだ瞳だった。
 羊秀はしばし彼女に見とれていた。
 その陸紅霞という娘の口が開いた。
「将軍・・・。これはどういうことでしょう」
 羊秀の目の前に現れた女性は小さくしかしよく通った綺麗な声で言った。
 陸抗は説明を始めた。
「雅舒君、彼女は私の族子で…まあ細かく説明すると父の又従兄弟の孫で名を紅霞、字を琳鳴という。」
今度は羊古が説明を始めた。
「彼は私の従弟で名を秀という。武に関してだけなら私より優れているし、戦術家としてもなかなかの技術を持っている。」
「どうだね雅舒君。気に入ったかね」
 陸抗が尋ねる。
「はい、まあ」
 理にかなった説明により、この縁談が組まれた経緯には納得したものの、敵対している国の、司令官同士の一族で見合いなど…という先入観は拭いきれず、正直な話羊秀は丁重に断ろうと考えていた。彼女を見るまでは…。
 羊秀はそんな理屈だとか建前を抜きにして目の前の六つ年上の女性に見とれていたのである。
「それはよかった」
 陸抗は今度は紅霞と呼んだ女性の方を向いた。
「紅霞…。雅舒君はすばらしい壮士だ。お前にも見せてやりたかったぞ。先程の雅舒君の勇姿を」
「そ、そんな…。」
 羊秀が照れ笑いを浮かべていると
「私は…」
 と陸紅霞は語り始めた。
「私は一度嫁にいった身です…」
 陸抗が反論する。
「あんなものは嫁にいったとはいえぬ。夫だった男は病弱で嫁いだあとそなたは看病ばかりしておったではないか。そして男はすぐに死んだ。」
 しばらく沈黙が辺りを包んだ。
「ではしばらく襄陽に行ってみてはどうだ。そうすれば雅舒君のいいところも見えてくるだろう」
 羊秀は驚いて
「な…彼女一人を敵である我らの陣中に放り込むのですか」
 陸抗はさも当然というように
「何を言っておるんだ。私も共に行くに決まってるじゃないか」
 こうして開いた口がふさがらない羊秀をしり目に、陸抗、陸紅霞の襄陽入りの相談が為されていく。
 −この人達は自分たちの立場を本当に理解しているのだろうか

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